glisten

DESTINY,WE'RE MEANT TO BE ABC&Z!!

そこが恋のはじまり


9月4日の続き。


8月28日はしもとくんのソロ公演最終日。泣いても笑っても最後。何を思っても最後。そう考えるとやっぱり悲しい。どんな気持ちがそこにあってもはしもとくんがそこにいるっていうだけで簡単に心は弾むし幸せになれるのに。はしもとくんがそこにいればそれだけでいいのに。何でこんな気持ちになってるんだろうなあ。
私は前日のことを引きずっていた。ずるずると。会場に向かいながらいろんなことを考えた。良いことも悪いこともたくさんたくさん考えた。考えれば考えるほど涙が出た。想像するしかない世界はすぐに不安に押しつぶされそうになる、でもそれは想像でしかない、私が生み出したものでしかない、だったら、だったら私はもっと想像の中ではしもとくんを幸せにしたい。めいっぱいの愛で潰れるくらいの愛ではしもとくんを包み込んで笑顔にしてあげたい、想像の中なら出来る気がした。想像の中だとしてもそれができればきっと、私は大丈夫。大丈夫って言い聞かせて会場に向かった。

28日公演のはしもとくんは少しだけおとなしい気がした。パリピコールはなくなったし、あんなにぽんぽんと話題が溢れていたMCも手探りで迷子のようにキョロキョロしていた。個性的なお客さんに助けを求める場面もあった、質問コーナーも飛び出した。思わずはしもとくんがんばって、とそっと応援してみたりもした。あのとき何を思っていたんだろう、と今も思う。不安になったのかな、お客さんのこと怖いと思ったりしてなかったかな。それを聞く日はきっと来ない。でもね、大丈夫だよ、はしもとくんの目の前に広がる真っ赤な光は全部はしもとくんの味方なんだからね。たくさんの良亮うちわはみんなの愛のかたまりなんだからね。私はそんな風に思いながらはしもとくんを見ていた。

甘いと言われれば否定できないしこんな愛し方は自分勝手だと思う、でも私にはこれしかできない。パリピってにこにこはしゃぐくらいに楽しかったんだろうな、夏が大好きなんだもんね。もっともっと俺のこと好きになってよ、俺こんなにみんなのこと好きなんだよ!って、そう言われたら好きになる以外の選択肢なんてない。好きにならせてくださいって土下座する。もっとこうしてほしいよというお願いも、俺たちとみんなで!ってやつだからだと思っているし。まあでもその話はあれだよね、他の人やグループと比べることがすべてではないからね。好きだから触ってよってやつも好きじゃないわけではなくて触りたくないわけでもなくて、なんていうか好きなんだけど、こう、そっと触れたいとか好きだからこそ見つめていたい、とか、いろいろあるんだよって思う。黄色い声援ってやつもなかなか難しい、そんな高くてかわいい声でない。はしもとくんの好きな年上の女性はそういう人多いんだからね!って。
それでも、はしもとくんが望むならがんばって声を出そうと思う、その声を聞いて嬉しそうに笑ってくれたら私も嬉しいから。賛否両論あった花言葉の演出も、はしもとくんとしては喜んでもらいたい、選ばれた子を特別に愛してあげたいっていう思いがあったからなのかなあ。選ばれた子はシンデレラ、俺はその子の王子様になりたい、なんて、勝手だけどロマンチックだ。でもロマンチックでいい、それでいい。誰だってお姫様になれる、してあげる。俺が王子様になって愛してあげる。そんなおとぎ話のような世界をいつだってくれるのがはしもとくんだと思うから。
こちら側の望むものを叶えてあげたくてたくさん考えてくれたのかなあと思うと、やっぱり嬉しくなる。もやっとすることもある。でも、いつもファンの子たちの気持ちに寄り添って考えてくれてありがとうね、グッズもかわいいし普段使いできるし気に入ってるよ。とても優しくて賢くて、時々突っ走りすぎて周りが見えなくなったりもして、でも愛を持って物事を考えられる人。そんな人だと思っているから、そんなはしもとくんが好きだから。やっぱり好きだよ、ってぽそっと呟いてみたりした。その自分自身の言葉が魔法みたいに自分の心を軽くしてくれた。好きだよ、好き好き大好きはしもとくん。パリピでもヤンキーでもなんでも、そこにいることを選んでくれるなら好きでいたい。

たくさん泣いて痛い目もぐるぐる渦巻いた汚い感情も、じりじりと焦がされるようなこの心臓のドキドキも。その苦しいくらいの痛みが愛しく思える気さえした。初めてかもしれない、りょうちゃんって名前を何度も呼んだ。手を伸ばした先に咲いた笑顔を私は絶対に忘れたくない。



・・・・・


2017年8月、デストラップも初の単独横アリも終わってしまった。ステージの真ん中で堂々と立っていただろう、24歳なりたての彼に想いを馳せながら一年前を思い出したりしている。大体ポエム読みがちなのでそのときはいいんだけどはしパラに浸ってる一年前の自分の文章が怖い。でも約2週間後にはまた同じようなこと思ってるんだろうな、と思うと…それもこれもすべてかわいいあの子のせいだ!ということにする。

担当という看板は自分のためにあるもの。その定義は自分の中にあって、その重さも人それぞれ。私にとっての担当はいつだっていまこの瞬間にただひとりだけで、それは他の何よりも優先したい特別なもの、と私は決めている。
自他共に認める面倒で頑固者な私の考えを簡単に壊してしまえるたったひとりがはしもとくんだ、もはや担当なんて枠に収まらない。私の中にあるあらゆるスペースに入り込んではすべてに居座ってこちらを見ている。大きくてきらきらと真っ直ぐな瞳で見つめられたら、放っておけるはずもなく。


夏の恋は始まるとその勢いが一気に加速する。あと少し。目の前まで来ている。